ロココ時代が舞台の歴史小説を書いてるあなた‥
読者さんに
と思われないための必須教養。
それは正しい時代考証!
朝起きてから寝るまで自分がロココ時代の貴婦人になったように‥
ヴィクトリア朝のメイドになったように‥
階級別に顔を洗うから着付け、作法まで考証する必要がありますよね。
今回はどんなに調べても出てこないロココ時代のファッション史地図をお届けします。
なぜどんなに検索しても何も出てこないかというと‥
これはわたしが「ベニスに死す」のヴィスコンティ監督の衣装デザイナーから直接口述で伝授された知識だからです。
これを聞いたのはイタリア人でも数人、
日本人では私一人でした。
当然インターネットには載っていません。
私が載せていないからです。
その衣装デザイナーはピエロ・トージ氏です。
が、もう鬼籍に入られているので話を聞くこともできません‥
でも誰にも知られないのはあまりにも
もったいない!
そんなわけで彼にかわって
私が全力でお伝えして行きます。
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あちらこちらへ旅するよ~
目次
洋服の歴史、フランスモードはロココで開花
現代ファッションのルーツはジョーシキ的に
じゃあ
それ以前のバロック時代はスペインがモードの中心。
無敵艦隊ひきいるスペインがヨーロッパで一番権力を持ってたからね。
植民地の分捕り品でインテリアも建築も豪華に飾って。
だからスペイン宮廷が厳格なカトリック風味でファッションもひっぱってた。
その前は?
その前、
ルネッサンスまではいつもイタリアがリード♪
古代文明再発見で芸術も科学も花開いたから当然ね。
でもここで国力が衰える事件があって‥
これがローマ包囲。
ローマが焼き尽くされて‥
それで文化の中心地をスペイン宮廷にゆずるの。
でもロココからファッションの中心はフランス宮廷になるのよ~
だってスペイン無敵艦隊、大英帝国の海賊、キャプテンドレイク率いる英国軍に負けたでしょ。
かわってフランス宮廷がヨーロッパをリード。
そしてそれ以後は変わらない。
19世紀も
シャネル登場も
ニュールックも
ずっとファッションの流行りの中心地はパリ。
もちろんニューヨーク、トーキョーやミラノその他の変化球もあるけどね。
それでもやっぱり伝統あるファッションの中心と言えばパリ。
なんでフランス宮廷が台頭してきたかっていうと‥
なんてったってルイ14世から絶対王政が超安定してて
その上にポンパドゥール夫人やマリー・アントワネットなんかの超権力持ちファッションリーダーがいたからね。
このロココから、
国力のあるフランスがファッションも文化もリードし続けるのだ。
さらにいち早く革命を起こして世界の注目を集めちゃうのだ。
ならファッションで自己表現しちゃえ!
外見って一番わかりやすいからね。
これが革命ファッション。
イタリアは小国がそれぞれ権力もってたけど一人が超権力を、ってほどじゃなかった。
今回はその現代ファッションのルーツ、
ロココ時代について動画でせまるよ!
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それではね、
いつも読んでくださるみなさまにプレゼント。
まずは超びっくりロココ盛りヘアのヒミツ。
それからアオキが作ったファッション史の地図を片手にロココ時代を駆け抜けるよ!

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だってひっそりと口述されたから。
ルキーノ・ヴィスコンティ監督の衣装デザイナーからね。
監督のおうちはミラノのお貴族。
その監督から口述されたデザイナーの話をいつも聞いてたの。
そこにはお堅い話からこんな仰天ウラ話までちりばめられてたよ。
でもそれだけじゃあんな高いタワーみたいな盛りヘアは保てない。
ごく少数の許された超貴族だけが使ってたあるシステムとは?
それを動画でお話してるよ。
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