1633年|ダニエル・メイテンス作《ロバート・リッチの肖像》より、白いヒールのディテール
(チェスターフィールド・ナショナル・トラスト美術館所蔵)
これは、
私が主催しているオンラインサロン
「貴婦人のアートサロン」で
実際に過ごした時間の記録です。
久しぶりにアートに向き合う時間を持つ人たちでした~
バロック時代の男たちは、なぜここまで派手になったのか
鍛えた身体より、装いで見栄を張るという選択
この絵の王様は
なぜここまで着飾ってるの?
一体誰に向けての衣装?
良く見ると
王様の体つきはフツー。
立派なおマッチョ体格ではないね。
それでも自分の強さを表そうとしてるのが
はっきり伝わってきます。
使われてるのは『装い』
あちこち膨らませ
狙い通りにカタチをつくり、
自分を大きな存在に見せるための
いわば張りぼてファッション。
もっともバロック的だったのは、巻き毛のかつらだった
男性の身だしなみの中で
もっとも目を引いたのは
胸までこぼれる長い巻き毛のかつら。
遠くからでも
装飾としての存在感あるよね。
体より先に
髪が視界に入ってくるほど。
体の優劣そのものではなく
外側に重ねたもので印象をつくる。
これはいかにもバロック的。
当時は地毛は野暮。
頭をきれいに剃り、
かつらをかぶるのが最も洗練された身だしなみ。
しかも剃り跡がちょっとみえるくらいが
「わかってる人」の装い。
宗教と政治が、装いを決めていた時代
プロテスタントの台頭が、ファッションを塗り替えた
それまで優勢だったのは
華やかで色彩豊かなカトリックのファッション文化。
でも別の価値観を持った人たちが少しずつ前に出てきます。
難を逃れ
経済力を手にしたプロテスタントの人たち。
そんな彼らの装いは
それまでの華美な装いと
はっきり距離とってました。
同じ「豊かさ」でも
見せ方が全然ちがうね。
衰退の只中にあったイタリアで、バロックは爆発した
この時代のイタリアは
一度
壊れてしまった場所。
ローマは
長い間積み上げてきたものを失い、
人も、
文化も、
散り散りになってしまいます。
長い沈黙のあと
もう一度
前へ進もうとする動きが現れました。
選ばれたのは
視覚。
建築や彫刻で
力と存在感を
目で伝える方法。
ローマ・バロック。
その中心にいたのは男性。
華美な衣装をまとい、
身振りは大きく、
芝居がかって。
視線を集めることをためらわない。
どう見えるかが何より大切。
そして男性の華やかさは
少しずつ形を変えていきます。
男性の装いは
次第に中性的な方向へ。
強さの表し方が
変わり始めたんだよね。
いま見ても新しい、バロック的ファッションの原型
片耳イヤリングとルーズソックスが語る、流行の原型
いま見ても
どこか新しく感じられる装いがあるよ。
片耳のピアス
ルーズに下げた靴下。
どちらも現代の若者っぽいけど
実はずっと前から存在してました。
バロック時代、
目立ってたのは女性より男性。
レースや刺繍、
宝石のキラキラ。
華やかさで言えば
男性のほうがずっと派手に攻めていた。
「えっ、逆なんですか?」
という声があがったのも
自然な反応。
力の強さではなく
雰囲気や装いで惹きつける
女性的な要素が
男性の魅力として
はっきり意識されていた時代。
ルーズソックスも
ダメージジーンズも。
形を変えて「くずして見せる」
という感覚はずっと受け継がれているのかも。
ただ、華やかさを支えていたのは、
宮廷や貴族だけではありませんでした。
当時、
レースを生産していた現場の多くは
孤児院。
自宅で静かに、美の物語を旅する40分
時間の終わりに
こんな言葉が、静かに残りました。
こういう声を耳にするたびに思うのは、
この時間は、
何かを学び直すというより、
いったん立ち止るための場、ということ。
子育てや仕事に追われていても、
しばらくアートから遠ざかっていても。
立ち止まって
「好きだった感覚」を
そっと思い出す時間。

