20世紀

20世紀ファッション、ヨーロッパ庶民の真実から『ニュー・シネマ・パラダイス』を作る!

20世紀ファッション、ヨーロッパ庶民の真実
アオキ
アオキ
こんにちは、イタリアで15年デザイナーのアオキです。コネもなく フツーだったの私のお話はプロフィールへ。デザイナーで独立したいあなたはこちらへ

ニューシネマパラダイスの美術監督に実際に会った日のことを思い出すと、

今でも本当に泣けます。

憧れが実現した日ですから^^

 

さっき車を運転していたら、ラジオで本当に偶然

映画『ニュー・シネマ・パラダイス』のサントラが。

 

突然、何の前触れもなく聴いて、

「イタリアに行きたい」

「何かを作る人になりたい」

と思ったていた頃のことを強烈に思い出しました。

 

ジョゼッペ・トルナトーレ監督、1989年イタリア・フランス合作のこの映画。

アカデミー賞やカンヌ映画祭、ゴールデン・グローブで賞にも輝きました。

映画評論家の淀川長治さんや多くの人があらすじや感想について語っているので、

ここでは省略します。

ニュー・シネマ・パラダイスを初めてみた頃

私がこの映画を見たのは高校生のころ。

 

それまでイタリアと言えば

デ・シーカ監督の『自転車泥棒』(1948年)のイメージでした。

『ニュー・シネマ・パラダイス』製作者デ・シーカ監督の『自転車泥棒』(1948年)

『自転車泥棒』は戦後のイタリア、失業がテーマ。

小学生の頃にこれを見た私。

イタリアは、白黒の、くら~~~い何とも救いのない国だと思っていました。

現代まで戦後が続いていると思っていたんです・・

 

それが『ニュー・シネマ・パラダイス』で印象はガラリと変わります。

人間と愛にあふれたカラフルなイタリア!

 

そしてこの映画が私をイタリアに連れて行ってくれて、

デザイナーにしてくれた映画なのです。

 

数年後、私はこんな世界を見てみたくて、

本当にイタリアへ出発しました。

憧れの人に実際に会って、夢が実現・・

私が「映画を作りたい・・」と思い始めた時。

『ニュー・シネマ・パラダイス』の美術監督が、

イタリア国立映画実験センター(CSC)で教えていると聞きました。

 

その教授は美術監督アンドレア・クリザンティ氏。

美術監督アンドレア・クリザンティ氏

 

 

 

 

 

 

 

センター入所試験当日にあこがれの人本人に会いました。

審査員でしたから。

 

他の審査員、ヴィスコンティ監督の衣装デザイナー、ピエロ・トージ氏の怖いこと!

それに比べてこのアンドレア・クリザンティ氏は

とてもやさしく、おしゃれな印象。

 

でも私は面接で致命的な失敗をしてしまいます。

誰でも知っているべき、

イタリア映画の衣装史に関する質問にぜ~んぜん答えられませんでした。

 

だって日本から、子供の頃からあこがれていた人たちが

目の前にホントにいたらどうです??

 

緊張して私の頭はまっしろ!

 

ピエロ・トージ氏にだめ息をつかれて

「きみ、それは当然知っているべき・・」とぎろりと睨まれて、

縮みあがる私。

「まあまあ、彼女は実技でとてもいい課題を提出したから・・」

と、助け舟を出してくれたのが、このアンドレア・クリザンティ氏。

 

それからも彼はジョゼッペ・トルナトーレ監督やオズベテク監督との

舞台制作中にセットに連れて行ってくれました。

 

あの頃を思い出すと、なつかしくて今でも涙が出ます。

 

映画作りの実際を毎日見せてもらって、

私はデザイナーとしてするべきことを学びました。

残念ながらクリザンティ氏は数年前に亡くなってしまいます。

 

お葬式はローマのポポロ広場にあるキエーザ・デイ・アルティスティ教会で。

ゼッフィレッリ監督が追悼のお話をしていました。

『ニュー・シネマ・パラダイス』美術監督キエーザ・デイ・アルティスティ教会 ローマ

ところで、この映画実験センターでもう一度『自転車泥棒』を見ます。

今度はイタリアンユーモアの溢れた、庶民のホントが垣間見える

ある種のハッピーエンドだということがわかります。

『ニュー・シネマ・パラダイス』の作り方

それでは思い出話はこのくらいにして。

『ニュー・シネマ・パラダイス』などの近代映画で

監督、衣装デザイナーや美術監督がまず何をするでしょうか?

 

まず第一にするべきは、しつこ~~~い時代考証です。

1930年代以降が舞台だと、写真がたくさん残っています。

 

1900年以前だと時代考証は絵画に頼ります。

絵画はやっぱりよくみせるように絵がかれていることも多いので、

ちょっと注意が必要です。

 

その点写真は常に真実を語ってくれます。

 

私はまず、蚤の市へ行きます。

そこで昔のアルバムを漁るのです。

 

実際私が手に入れた古いアルバムをお見せしましょう。

よその人んちのアルバムですよ。

ルイジの家族の1930年代のアルバム

『ニュー・シネマ・パラダイス』美術監督ルイジ家のアルバム

まずは超貴重資料、ルイジさんご家族のアルバムです。

ちょっと覗いてみましょう。

 

この写真、1941年頃のちょっと裕福目の家族です。

服装、ヘアスタイルが1940年代をよく表しています。

 

女性は前髪にボリュームを出しています。

男女ともに肩幅のある、がっしりした四角いスタイルが流行ります。

女性の服では水玉模様と、ポケットを白く揃えることが流行りました。

乏しい物資で出来たおしゃれだからです。

 

どうやって手に入れたかって?

 

ある日私は知り合いの古本屋さんから、

ある空き家が、開けられてお掃除されて売られる、という情報を耳にします。

 

早速たたき売りに潜入です!

いったい誰が空き家を開けるのか??

残された遺族とか、市役所に人とか、いろいろですが

そのあたりグレーなので未だによくわかりません。

 

とにかくその時『掃除屋』も一緒に入ります。

この人たちが空き家に残されたものを売るのです。

 

もちろんジプシーも、多分ドロボーもいます。

 

彼らは蚤の市で売ることもあれば、

今回のように知り合いの古本屋さんの紹介で、直接見せてもらえることもあります。

 

その中にあったのが、コレら古いアルバムたち!

まとめて10ユーロ(1300円くらい)でした。

古い皮表紙のアルバム、私のタカラモノです^^

 『ニュー・シネマ・パラダイス』美術監督ルイジ家のアルバム 1930年代~

写真の裏にはルイジとよく書かれています。

この写真は戦後1950年前後の家族です。

自転車に乗っていて、体に合った良い服を着ているし、

写真をこれだけ残しているので、かなり裕福な家庭です。

 

戦後は物がなく、庶民の子供はみんなぶかぶかか

きちきちの有り合わせのおさがりを着ていたからです。

 

これらの一般の人々の生活、服装を知ることが時代考証になるのです。

写真に写っている建物の古さや、道路標識のデザインまでその時代を語ってくれます。

友人フランチェスカのおばあちゃんのアルバムから

こちらはもっと本当の生活がわかるアルバム。

友人フランチェスカの家にある、ひいおばあちゃんのアルバムです。

写真はシチリアのパレルモで撮影されたので、

『ニュー・シネマ・パラダイス』の舞台となった村からそう遠くありません。

 『ニュー・シネマ・パラダイス』美術監督フランチェスカのひいおばあちゃんのアルバム シチリア

戦後の学校の記念撮影。

どうですか?

この中にトト少年がいそうではないですか?

『ニュー・シネマ・パラダイス』美術監督↑↑↑これなんてもっとすごいです!

戦後のシチリア、青空教室の模様!!

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これが映画を作るとき、第一にデザイナーがすることです。

蚤の市、友人宅、競売 など、いたるところにお宝は眠っています。

 

実際に潜入して探してみましょう!

 

手に入れやすいファッションプレートや過去の雑誌は参考程度に。

実際に人々の生活のそのままではありませんから。

 

この現実に即した時代考証が、

あなたのデザインを現実に裏打ちされた本物にするのです。

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