マリー・アントワネットのドレスといえば
パステルカラー、横に広がるパニエ、大きな髪型、
そして軽やかなロココスタイルが思い浮かぶね。
私は以前
イタリアで映画衣装の現場に関わっていた時期があり
ソフィア・コッポラ監督の映画
『マリー・アントワネット』の衣装制作にも参加しました。
この映画の衣装は
ただ史実を
そのまま再現するためだけのものではありません。
色、布、シルエット、髪型、空間の中での見え方。
そうした細部を通して
マリー・アントワネットという人物が
現代の観客にどう見えるのかまで設計されてます。
エリザベート=ルイーズ・ヴィジェ=ルブラン 「薔薇を持つマリー・アントワネット」 (1783)ロココファッションは
ただ「華やか」なだけではなく
時代の美意識や
宮廷での立場
女性の身体の見せ方まで映し出してます。
ここでは
マリー・アントワネットのドレス
ロココスタイル
パステルカラー
パニエ
髪型
そして映画衣装の見方を
絵画や衣装の細部から読み解いていきます。
1730年頃から広がったロココ美|バロックから軽やかな室内文化へ
白と金の繊細な装飾が広がる、18世紀フランスのロココ調室内。ロココ調は
1730年頃からフランスで広がった様式。
白を基調に
金の繊細な装飾
曲線を使った優美な模様
重々しさよりも
軽やかさや親密さを大切にした空間だね。
オテル・ド・スービーズの室内を見ると
その特徴がよくわかる。
それ以前のバロック様式は
王や教会の権力を
建築や装飾の迫力で見せる世界。
一方ロココは
もう少し私的でやわらかいな。
小さな部屋で会話を楽しみ
音楽を聴き
親しい人たちと過ごす‥
そんな宮廷の暮らしに合う美意識として
広がっていったんだね。
ローマ パラッツォコロンナパラッツォ・コロンナのような壮麗な空間を見ると
バロックの重厚さや劇的な力がよくわかるね。
そこからロココへ移ると
空間の印象は変わっちゃう。
荘厳さより軽やかさ。
威圧感より親密さ。
力強さより曲線の優美さ。
この美意識は
やがてファッションにも広がってきます。
ドレスの色は明るくやわらかくなって
- 淡いピンク
- 水色
- 薄いグリーン
- クリーム色
などのパステルカラーが目立つように。
ロココのドレスは
ただ
「かわいい」「華やか」と見るだけでは
もったいない。
その色や曲線の奥には
宮廷の人々が暮らした空間や
理想とした美しさが表れてます。
映画『マリー・アントワネット』の衣装制作に関わって見えたこと
2006年に公開された
ソフィア・コッポラ監督の映画
『マリー・アントワネット』。
私は
イタリアで映画衣装の現場に関わっていた時期があり
この映画の衣装制作にも参加しました。
主役のマリー・アントワネットを演じた
キルスティン・ダンストさんの衣装合わせで
コルセットを締める作業に関わったこともあります。
ただ
ここで書きたいのは
映画現場の裏話ではありません。
この映画で大切にされていたのは
歴史上の王妃としてだけではなく
「一人の女の子としてのマリー・アントワネット」
という見方。
異国へ嫁ぎ
若くしてフランス宮廷の中心に立ち
自分の居場所を探していた彼女。
映画衣装は
ただ
時代の服を再現するためだけのものでは
ありません。
- 色
- 布
- シルエット
- コルセットの締め方
- ドレスを着たときの身体の見え方
そうした細部を通して
その人物を現代の観客にどう感じさせるかまで
設計していきます。
リオタール「マリー・アントワネット7歳」1762年頃マリー・アントワネットは1755年ウィーン生まれ。
父は神聖ローマ皇帝フランツ1世。
母はオーストリア女大公マリア・テレジア。
ヨーロッパでも
とても高い身分に生まれた女の子。
ここで見たいのは
この7歳の肖像画のドレス。
髪型はまだ小さく
胴は長く見えるね。
これ1740年から1760年頃までの
ロココファッションの特徴。
後のマリー・アントワネット時代に見られる
巨大な髪型や
横に大きく広がるスカートとは
まだ少し違う。
ここから少しずつ
ロココのドレスは変化していきます。
そして彼女が
フランス宮廷のファッションリーダーになると
髪型も
スカートの形も
色の使い方も
さらに大きく華やかになっていきます。
ちなみに映画『マリー・アントワネット』には
カラフルなマカロンや
コンバースみたいに現代的な靴が登場します。
これは史実をそのまま再現するためではなく
ソフィア・コッポラ監督が思い描いた
マリー・アントワネットの世界観を見せるための演出。
だからこそ
映画『マリー・アントワネット』の衣装を見るときは
「史実と同じかどうか」だけではなく
その衣装が
どんなマリー・アントワネット像を
立ち上げているのか見ると
さらに面白くなるね。
アドルフ・ウルリッヒ・ヴェルトミューラー 「トリアノン庭園を歩くフランス王妃マリー・アントワネットと二人の子供たち」 17851750年頃から広がったパステルカラーとロココドレス
1750年頃から
ロココのドレスには
パステルカラーが多く見られるように。
- ピンク
- 水色
- エメラルドグリーン
- 薄いグレー
光沢のある軽いシルクサテンやタフタ
モワレなどの生地に
やわらかな色が重なっていきます。
トマス・ゲインズバラ「アンドリューズ夫妻像」1750年トマス・ゲインズバラの
「アンドリューズ夫妻像」を見ると
この時代の軽やかな色の感覚がよくわかる。
ロココの装飾は
- リボン
- レース
- 花
- 曲線
- 揺れる布
と、かなり装飾的。
でも色が淡いから
重くなりすぎない。
もしこれが濃い色ばかりだったら
同じ装飾でも
かなり圧が強く見えたはず‥
「ぶらんこ」(1768頃、フラゴナール作)フラゴナールの「ぶらんこ」も
ロココらしさがよく出ている作品。
軽やかで
甘くて
少し遊び心がある。
前のバロック時代の
荘厳で重厚な世界とは
かなり印象が違うね。
『ルイ15世』イアサント・リゴー作、1730年、(ヴェルサイユ宮殿蔵)ルイ15世の時代は
優美で軽やかなロココ文化が広がった時代。
イアサント・リゴーの
「ルイ15世」を見ると
王の衣装や背景には
まだバロック的な重厚さも残ってる。
ちなみにこの絵は
ネット上でルイ14世と間違われていることも。
たぶん
王だけが身につける
百合模様のガウンの印象が強いからかな。
ルイ14世も
ファッションリーダーとして有名な王。
そしてその後
マリー・アントワネットも
フランス宮廷で大きなファッションリーダーに‥
「スピネット弾くマリー・アントワネット」13歳 フランツ・ザベール・ワーゲンショーン1769-70「スピネットを弾くマリー・アントワネット」では
13歳頃の彼女の姿を見ることができます。
お顔立ちは
強くはっきりした美しさというより
淡くてやわらかい印象です。
でも
- 白く輝く肌
- 明るい金髪
- 優雅な身のこなし
そうしたものが合わさって
当時のロココ的な美しさを作ってます。
この「淡さ」は
ロココ時代の美意識ともよく合ってる。
だからこそ
衣装や髪型
メイクによって
その人の印象をさらに引き立てることができたんだね。
ジョゼフ・デュクルー「マリー・アントワネット」1769年ジョゼフ・デュクルーの
「マリー・アントワネット」1769年は
ルイ15世に見せるためのお見合い肖像画。
ここではすでに
後の盛り髪につながる気配も‥
1770年、フランス宮廷へ|マリー・アントワネットがファッションリーダーになるまで
マリー・アントワネットは1770年、14歳でフランスへお嫁に。
「恋の成り行き-逢い引き」(1771-1773年頃、フリック・コレクション)フラゴナールの
「恋の成り行き」シリーズを見ると
この頃のロココらしい
軽やかで甘い空気がよくわかる。
宮廷では
- 舞踏会
- 観劇
- 賭博
- 仮面舞踏会
など華やかな遊びの文化が広がってました。
若いマリー・アントワネットも
その中心に立つ存在になっていきます。
この頃のロココドレスは
軽やかで優美。
「mrs cadoux」1770年頃 テイトギャラリーそこに
- 小さく締めた胴
- 横に大きく広がるスカート
- 高く盛った髪型
が加わり
1770年代後半から1780年頃にかけて
さらに大きく華やかなスタイルへと変化。
この時代は髪型も重要。
かつらよりも
地毛にトゥペという詰め物を入れて
高さを出すスタイルが目立つように。
そこで登場するのが
髪結いのレオナール・オーティエ。
彼はただ髪を結う職人ではなく
宮廷の流行を作る人物でもあったの。
マリー・アントワネットの髪型は
彼の手によって
宮廷の中で注目を集める
大きなファッション表現になっていきます‥
ローズ・ベルタンとレオナール・オーティエ|王妃のスタイルを作った二人
ロココ後半になると
髪型はどんどん大きくなります。
18世紀風刺画- 羽根
- リボン
- 花
- オーガンジー
- 糊づけしたチュール
さらに髪の中には
針金の鳥かごのような土台やクッションを入れて
高さを出していきました。
有名な「船盛りヘア」のように
頭の上に船をのせたような髪型まで登場。
1770年代ここまでくると
髪型はただのおしゃれではなく
宮廷の中で目を引くための
ひとつの舞台装置だね。
この大きな流行を
マリー・アントワネット一人で作ったわけではありません。
王妃のスタイルを支えた人物として有名なのが
衣装商のローズ・ベルタンと
髪結いのレオナール・オーティエ。
ローズ・ベルタンは
パリで「オ・グラン・モゴル」という店を開き
マリー・アントワネットの衣装を手がけたの。
レオナール・オーティエは
王妃の髪型を作り
高くそびえる「プーフ」と呼ばれるスタイルを
宮廷の流行にしていきます。
レオナール仕事中 1780年
この二人がいたからこそ
マリー・アントワネットのファッションは
一人の王妃の好みを超えて
パリ社交界全体の流行になっていきました。
- おしろいで白く仕上げた肌
- 小さく赤い口元
- 頬紅
- つけぼくろ
- 高く盛った髪
- 真珠やリボンで飾ったレースの襟飾り
1770年代 ファッションプレート当時の美しさは
とても人工的に作り込まれたもの。
自然に見えることよりも
どれだけ洗練され
どれだけ目を引くか。
そこに宮廷の美意識が表れてます。
ローズ・ベルタン 1780-9年 ジャン・フランソワ・ジャニネット私も映画撮影のために
ベルベットのリボンに真珠を通した飾りを
いくつも作りました。
こうした小さな装飾は
一見すると脇役に見えます。
でも実際には
顔まわりの印象や
人物の華やかさを作る
とても大事な細部。
ルブラン「マリー・アントワネットと子供たち」1787年ローズ・ベルタンデザインローズ・ベルタンとレオナール・オーティエは
衣装と髪型を通して
王妃の見え方そのものを作っていった人たち。
1788年 レオナールの髪結い学校マリー・アントワネットのドレスを見るときは
王妃本人だけでなく
そのイメージを一緒に作った職人たちの存在も
見ていくとおもしろくなるね。
香水と身体感覚|18世紀フランス宮廷の美意識
18世紀のフランス宮廷では
現代のように毎日入浴する習慣は
まだ一般的ではなかったの。
そのため香水は
よい香りを楽しむだけでなく
身だしなみの一部でもありました。
濃厚な香りが好まれる中で
お風呂好きだったマリー・アントワネットは
バラのような軽やかで清らかな香りを好んだとされています。
香水にも
その人がどう見られたいか
どんな空気をまといたいかが表れるんだね。
1774年、18歳でフランス王妃へ
1774年
マリー・アントワネットは18歳で王妃に。
ディゴティの
「王妃となったマリー・アントワネット」では
ブルボン朝の象徴である
百合模様のガウンを持ってます。
ディゴティ「王妃となったマリー・アントワネット」1775年この頃の宮廷では
髪型もスカートも大きくなり
人物そのものが
空間の中で目立つように作られてました。
「ランバル公妃」アントワーヌ・フランソワ・カレット1776年ランバル公妃や
サボイ公妃マリー・テレーズの肖像を見ても
大きな髪型とスカートが
この時代の華やかさをよく表してるね。
「サボイ公妃マリー・テレーズ」1775年 François-Hubert Drouais
1775年には
マリー・アントワネットはプチ・トリアノンを与えらるのね。
ここから少しずつ
宮廷の華やかさだけでなく
自然へ向かう好みも見えてきます‥
1778年 ギャラリー・デ・モードのプレートとはいえ
1770年代のベルサイユでは
まだプーフヘアと大きなドレスが中心。
エリザベート=ルイーズ・ヴィジェ=ルブラン 「マリー・アントワネット」1778年パニエの構造|大きなロココドレスでどう動いたのか
1750年―80年 パニエ Los Angeles County Museum of Artロココドレスの大きなスカートは
中にパニエを入れて広げてました。
横に大きく広がるので
そのままではドアを通るのも大変!
でも宮廷では
身体の正面性が大切でした。
横向きで通るのではなく
顔と胴は正面を保ったまま
スカートを回したり、折り畳んで通ります。
これは
パニエの構造があるからできる動き。
パリで見たパニエの中身を見ると
片側を上げられる仕組みがよくわかる。
大きなドレスは
ただ派手なだけではなく
宮廷の中でどう立ち
どう動くかまで決めていたんだね。
1780年代、自然回帰とエンパイアスタイルへの流れ
1780年代に入ると
マリー・アントワネットのドレスは
少しずつ変化していく。
レイノルズ「レディース・ヴォルドレーヴ」1780-81年横に大きく広がるスカートや
高く盛った髪型は残りながらも
全体の印象は少しずつ軽くなっていく。
ルブラン「ポリニャック公爵夫人」1782年
ルブラン「マリー・アントワネット」1783年 ベルサイユ宮殿蔵
1770年代後半から80年代には
ポロネーズスタイルも流行します。
スカートの後ろを
リボンで持ち上げるようにして
布の動きを見せるスタイル。
1780年のファッションプレート小花模様や
軽い生地が好まれ
重々しい宮廷衣装から
少しずつ自然な雰囲気へ向かっていきます。
映画『マリー・アントワネット』の衣装合わせでも
この後ろを盛り上げたスカートの形がよく見えました!
ファッションプレート 1780年1780年代には
マリー・アントワネットの自然志向も強まります。
ただしそれは
本当の田舎暮らしというより
宮廷が夢見た
美しく整えられた自然だけどね。
シルクよりも
軽いモスリンが好まれるようになり
ウエストラインも少しずつ上へ。
パルテノン神殿 アテネ 紀元前447-431年 ギリシャ建築この流れは
フランス革命後の
古典回帰
エンパイアスタイルへと続いていきます。
ブーシェ「朝食」1739年 ルーブル美術館 ロココ建築ロココ後期のドレスを見ると
華やかなパステルカラーから
軽やかな自然志向へ
そして次の時代の美意識へ移っていく流れが
よく見えてくるね。
ルブラン 「ガリア服を着た王妃マリー・アントワネット」 (1783)
ウィリアム・ハミルトン「ギロチン台へひきたてられるアントワネット」1794まとめ
マリー・アントワネットのドレスは
ただ華やかなだけではありません。
- パステルカラー
- 大きなパニエ
- 高く盛った髪型
- 軽やかな布
そこには
ロココ時代の美意識や
宮廷での見え方が表れてます。
映画『マリー・アントワネット』の衣装も同じ。
史実そのものではなく
どんな王妃像を立ち上げるのか。
そこを見ると
絵画や映画の衣装は
もっと面白くなるね。
Q. マリー・アントワネットのドレスの特徴は?
A. パステルカラー、大きく横に広がるパニエ、高く盛った髪型、軽やかな布使いが特徴です。ロココ時代の華やかさと宮廷での見え方がよく表れています。
Q. パニエとは何ですか?
A. パニエは、18世紀のドレスのスカートを横に大きく広げるために使われた下着構造です。宮廷空間の中で身体をどう見せるかにも関わっていました。
Q. 映画『マリー・アントワネット』の衣装は史実通りですか?
A. 史実をそのまま再現するだけではなく、ソフィア・コッポラ監督が思い描いた王妃像を現代の観客に伝えるための演出も含まれています。
マリー・アントワネットのドレスを見るときも
色や髪型や空間を手がかりにすると
ただ華やかなだけではない
時代の見え方が立ち上がってきます