服は、その人の立場や暮らしを映します。
王様と庶民では
服の形も
使われる素材も
装飾の量も大きく変わるよね。
では、下着はどうだったのでしょうか??
とくに男性のパンツは
貴族と庶民でどれほど違ってたのでしょう。
実は一部の時代を除くと
男性の下着は
貴族も庶民も形そのものは大きく変わらない。
違いが出るのは
主に素材。
上質な麻や綿、
あたたかいウール、
そして手に入りやすい布。
同じような形の服でも
何で作られているかによって
その人の暮らしや身分が少しずつ見えてきます。
衣服の歴史を見るとき、
華やかなドレスや王侯貴族の服だけに目が行きがちだけど
実は下着にも
時代の考え方や生活の現実がよく表れてます。
古代エジプトのシェンティ
古代エジプトで使われてたのは壁画によく残ってる腰布。
これが綿か亜麻のシェンティ。
エジプト古王国時代から新王国時代の1500年間以上も使われた!
シェンティの歴史長くない?
紀元前1448-1422、矢を運ぶ者、ケナムンの墓の壁画、テーベこれがエジプトのシェンティ。
ひもが付いた布を腰に巻き付ける。
真ん中に垂れてる三角のは別付けのたれ布。
貧乏人庶民は太もも丈の雑な短い布を腰に巻き付けて結んでオシマイ。
高位の神官や貴族は透けるように薄い麻シェンティを優雅に細かいドレープをつけて腰に巻き付けるの。
長さはひざ下や脛まで届いたりと長くするよ。
豪華な飾りベルトで留めるの。
着物の裾みたいに足が開かなくなるけど
労働しなくていいからね。
ファラオのシェンティはもっと豪華でたれ布が黄金だったり。
古代ギリシャのパンツ、現代イタリアで蘇る!?
さて今度は古代ギリシャのパンツをみるヨ~
古代ギリシアの男性が付けてたのはふんどし型のペリゾーマ。
牛にまたがる曲芸師と両側に 2 人の女性の曲芸師、クノッソス、パブリックドメイン
この壁画に登場するのは女性曲芸師だけど男子もこんなペリゾーマよ。
ペリゾーマって当時の腰覆い下着の総称なんだけど。
アタシは大声で言うのちょっと恥ずかしい
だってこれ現代イタリアで「Tバック」のおパンツのこと‥
おねいさんが履いているアレです。
海辺にペリゾーマのビキニのおねいさんが沢山いるくらい
イタリア女子の間ではごくフツーのパンツ‥
古代ローマのスブリガークルムとパンツ革命
古代ローマ帝国時代の衣服はトーガやチュニック。
だから下はスカート状になってる。
この頃の古代ローマ帝国ではスブリガークルムってパンツが使われたよ!
①スブリガークルム現代風タイプ
ローマ遺跡(ロンドン)出土のスブリガークルム、ロンドン博物館蔵剣闘士も履いてる。
大事な部分を隠して腰ひもで結ぶ。
②スブリガークルムふんどし風タイプ
4c、ビキニガールモザイク シチリアのピアッツァ・アルメリーナ近くの古代ローマ別荘蔵こんな三角の布タイプもあったよ。
この超素晴らしいモザイクはスポーツする女子だけど
男子も同じモデルで。
逆三角の2つの角をおへそあたりで結ぶ。
男子は下に垂れる角をおまたとさっき結んだ部分を通して前全体にたらす。
ふんどしの着付けとおなじだね。
チュニックの下につけてもいいし
肉体労働者なら裸にこれだけで。
ところが!
この古代ローマ帝国でパンツ革命が起こります!
むか~し紀元前121年にチュニック風の鎧を着た重装歩兵隊中心の歩くローマ帝国軍が北のガリア人を征服。
敵国ガリア人は騎馬民族で馬に乗るのに便利な長ズボンを履いた!
初めて見るズボン。
ローマ帝国で市民以上はローマの民ってステイタス見せるためにトーガ着用権を持ってた。
トーガはローマ市民権の象徴!
ズボンなんて野蛮下品!
ガリア人のことをあざけりつつ
「ブラカエ(ズボン)を履いた野蛮人」ってあだ名つけてます‥
でもこんなに馬鹿にしたくせにやっぱり馬に乗るのに便利!
ブラカエは生き残る‥
時代が進んでチュニック着るようになったイタリアでもヨーロッパ全土でも13世紀ごろの中世にはブレーとかブラケって呼ばれるズボンになって広まっちゃうんだよね~
注意!
ブレーはズボンのこともあるけど下着のパンツのこともあるよ。
ちなみにズボンのブレーは赤縞など派手~なものも。
とにかくトーガやチュニックの下半身スカートタイプからズボンへの衣服の変化に合わせて下着もふんどしからパンツへ!
これがパンツ革命。
腰巻からふんどしへ、そして便利なパンツへ‥
日本の男性着物とふんどし、
洋装ズボンからはパンツへ
というのによく似てるね。
中世ヨーロッパのパンツを知るためにアレを見よ!
おパンツの歴史についていつも質問が多いので
ここにもあるけどもう一回新たな画像加えるね。
1244-54脱穀図 作者不詳 パブリックドメイン
さっきのガリア人ズボンのブラカエ。
中世になってもモデルは相変わらずこんなゆったりしたズボン型。
これはウエストで縛って履きます。
裾が労働で邪魔な時はウエストのひもでからげるの。
ブレーの着こなし
- ズボンとパンツのようにブレーを二枚履き♪
- ブレーとタイツを合わせる!
左の青い人ゆる~~い緑のタイツ履いてるのわかる?
これがパンツ用のブレーとタイツの着こなし!
でもまだタイツの着こなしがたるんでて甘い。
このパンツ用ブレーが股下でもたもたしてだんだん着付けの邪魔になってくるんだよね。
そこで中世にはすでに今のボクサータイプのパンツが登場。
さあ、ボクサーパンツを持ってルネッサンスに行くよ!
世界一有名なあの人がパンツを履いていない理由
ここでパンツドキュメントの聖画を見てみよう。
洗礼のヨハネに洗礼を受けるキリストが水に入ってるシーン。
1435マソリーノ画キリストの洗礼 カルスティリオーネオローナ洗礼堂 パブリックドメイン
マソリーノによって描かれた
右の男子群パンツ一丁になってさあ、洗礼を!
という瞬間。
ボクサーパンツの人がいます!
パンツ姿でぴっちりした靴底付きのタイツを脱いでる人がいます!
左右別々の緩い赤タイツ脱いでる人シャツの裾が外に出てます!
1453ピエロ・デッラ・フランチェスカ画キリストの洗礼 ナショナルギャラリーロンドン パブリックドメイン
続いてピエロ・デッラ・フランチェスカ作の同じシーン。
ここでも右の男子はブリーフ型のパンツが見えています。
ちなみに
ルネッサンスの男子下半身はぴちぴちタイツが主流。
そしてまだパンストは発明されてなかったから片足ずつ別れたデザイン。
タイツのウェストを左右それぞれ上着の裾にひもで結ぶの。
ここに挙げた画像のように
下半身の着付けは
- ボクサータイプのおパンツを履く
- その上にシャツの裾を前後に交差させてパンツを隠す
- タイツを履くけどお尻部分はシャツが見えている
となります。
でもジーザスクライストスーパースターの世界一有名なあの人、
イエスキリストは腰巻だよね?
なぜ彼だけ時代錯誤なの?
聖画では登場人物に描かれた時代の服を着せることが多かった。
例えば
聖カテリーナはアトリビュートとして棘付き車輪を持つけど服はその時代の流行最先端の服を着てたりする。
聖母マリアは青い衣に赤い服。
それは描かれた衣服自体がアトリビュートだから。
カトリックの人が青い衣と赤い服の女性を見たら条件反射で聖母マリアになるの。
日本人は男の子と桃が描かれてたら桃太郎でしょ?
このキリスト磔刑の絵で二人の泥棒はパンツだよね?
磔刑 アントネッロ・ダ・メッシーナ 1475年
でもイエスさまは腰布。
時代的に1445年年分の開きがある下着姿で描かれるのおかしくない?
実はこれ全然おかしくない。
キリスト磔刑時、聖書の記述の概要は
『上着は(多分縫い目で)切り分けられ分配されるが、下着は縫い目のない一枚布だったのでもらう人がくじ引きで決められた』
1457-60 マンテーニャ画 磔刑 ルーブル蔵 パブリックドメイン
この縫い目のない下着は、
当時パレスチナ産として知られていた
筒状の布だったともいわれてます。
縫い目のない布は高価で
腰布としても価値があったので
処刑を担当した兵士たちの手に渡ったと考えられています。
(転売ヤー‥?)
絵の右下を見ると
座り込んだローマ兵たちが
くじを引いている場面が描かれてます。
この腰布は
キリスト磔刑を表す大切なアトリビュートのひとつ。
だから
時代が変わっても
ここではパンツではなく
腰布として描かれ続けました。
時代や立場が違っても
下着の形そのものは大きく変わらないことがあるね。
でも
素材や描かれ方
それが置かれている場面を見ると
その時代の価値観や暮らしが見えてきます。
衣服の細部は
思っている以上にたくさんのことを語っているのです



