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4章 ソフィア・コッポラ監督の映画『マリー・アントワネット』に参加

マリー・アントワネット

3章イタリア国立映画実験センターに入って衣装デザイナーの続きです。

私がハリウッド映画で働けるたった一つの理由

私がハリウッド映画で働ける理由。

ーそれは『才能』があったからー

ではありません‼

 

理由は名刺代わりになる研究所卒だからです。

 

ヨーロッパ映画業界で「イタリア国立映画実験センター卒」というと、

すでにプロ=即戦力とみなされます。

 

ソフィア・コッポラ監督の映画『マリー・アントワネット』

マリー・アントワネットソフィア・コッポラ監督 映画『マリー・アントワネット』より

ソフィア・コッポラ監督はちょうどイタリア、フランス、イギリスで

映画『マリー・アントワネット』制作の真っ最中でした。

 

ローマの衣装工房へ行くと

「あ、この子センター卒の子」

「ちょうどよかったちょっと来て!」みたいな感じですぐ現場制作が始まりました。

 

映画製作現場は猫の手も借りたくらい忙しいので、人手はありがたいのです。

需要に対してデザイナーの供給が間に合わない、そんな感じですね。

 

私はソフィアコッポラ監督とミレーナ・カノネーロから注文されて

マリー・アントワネットのドレスもデザイン制作しました。

はじめはローマで、それからパリで。

 

ある日アトリエに、す~っと色白の女の子がたった一人で入って来たことがありました。

それはスパイダーマンの憧れの女の子で、衣装合わせに来たキルスティン・ダンスト。

 

驚きました。でも映画『マリー・アントワネット』の主役ですから当然です。

 

真っ白なソファーと絨毯、

白い豪華なドレスで寝そべっているキルスティン・ダンスト・・

 

バイクでローマ中を走り衣装に使えそうな生地見本を集めまくったことも。

老舗の靴工房へ靴の注文に行くこともありました。

 

マノーロ・ブラニックの靴はほんの一部でしたから。

マリーアントワネットソフィア・コッポラ監督 映画『マリー・アントワネット』より

 

ミケーレ・プラチドの映画初プロデュース作品に参加!

イタリアの大御所俳優ミケーレ・プラチド初プロデュース作品の

衣装デザインのオファーもありました。

 

その時は赤ちゃんがいるから躊躇しましたが、

それは問題ないと言われたので衣装デザイン担当となりました。

 

イタリア大女優エレオノーラ・ジョルジ監督作品にも参加しました。

映画はほぼ夜のシーンだったので撮影は毎日夕方から始まり、

明け方まで続きました。

 

 

イタリアスホラー映画の大監督ダリオ・アルジェント協力作品にも

衣装デザイナーとして参加しました。

 

ホラーなので当然血のり、人肉、そのほかたくさん怖いものが衣装にくっついていました!

 

娘さんのアーシア・アルジェントさんが遊びに来ていましたが、

確かにいるだけでホラー映画な雰囲気が出せちゃう人です。

『マリー・アントワネット』の映画でもご一緒しました。

悪女役も多いですが、実際はとてもやさしい人礼儀正しい人です。

 

パゾリーニ、フェッリーニ映画で有名なファラーニ衣装工房で

ファラーニ衣装工房ファラーニ衣装工房 ローマ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パゾリーニ、フェデリコ・フェッリーニ映画の衣装で有名なファラーニ衣装工房でも

よく仕事をします。

 

テレビドラマ『ヴィヴァルディ』でアレッサンドラ・トレッリや

オペラ『トゥーランドット』などでフランチェスカ・スクワルチャピーノの

注文制作をしました。

 

とても大きな衣装工房で天井から衣装がずらりと下がっているんです。

そしてパゾリーニ、フェデリコ・フェッリーニ映画の衣装はもちろん

大切に保管されています。

 

日本でこの衣装の展覧会をしたい・・と思っています。

ここではローマオペラ座のバレエやオペラの衣装もたくさん作りました。

 

※掲載されている写真は関係者に許可を得て掲載しています。

無断転用は絶対におやめください。

 

5章ファッションデザイナーとしてもすぐスタートに続きます^^

 

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